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 敗戦50年、韓日条約締結50年にむけ 求められる解決に向けた努力


 

はじめに

  2014年の韓日関係をふりかえってみれば、関係改善につながるものはほとんど見えず、むしろ6月の「河野談話」の検証報告書の発表や、8月には朝日新聞が「慰安婦」を「強制連行」したと主張する吉田清治氏の発言の内容を掲載した記事を「誤報」であると認め、取り消したことをきっかけにして、「慰安婦への強制はなかった」「慰安婦問題は捏造」であるとする日本世論が噴出している状況となっている。

菅義偉官房長官が6月に、日本政府の立場として「河野談話の見直しはせず、これを継承するという政府の立場は変わらない」と述べてはいるものの、「慰安婦」問題、あるいは「慰安婦」問題に象徴される歴史問題をめぐる韓日の対立は深まるばかりに見える。

しかし「戦後70年」「韓日条約締結50年」にあたる2015年には、これまで実現していない「韓日首脳会談」の実現が、韓日双方にとって求められるだろうし、そのためには、朴槿惠大統領が8月15日、光復節の祝辞で、歴史問題に言及し、「こういう(慰安婦)問題を正しく解決すれば、韓日関係が堅実に発展するだろう」と強調したように、「慰安婦」問題は避けて通ることができない。

以下では、そういう問題意識から2014年の慰安婦問題をめぐる動きを概括してみたい。

 

 河野談話の検証とその反響

  6月20日、日本政府は「慰安婦問題を巡る日韓間のやり取りの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~」を発表した。実はこの検証が進められるにあたって、日本維新の会の国会議員、地方議員やいわゆる「行動する保守」を掲げ、ヘイトスピーチを繰り返す団体などが連携し、「河野談話見直しを求める署名」活動を日本全国でおこない、4月18日には日本政府に約16万人の署名が提出されている。

こうした右派を中心とする動きの中で、3月12日、ソウルで開催された韓日外務次官協議の場で、韓国政府側は日本政府に対して、河野談話継承、慰安婦問題をあつかう次官級協議の開催、安倍首相の靖国神社参拝中止が要望され、それに対し、日本政府も談話見直しはしないとの立場を明確にしていた。

発表された「検証」は大きく言えば、①「慰安婦」の強制連行を示す証拠はなかった、②談話の作成過程で韓国政府の関与があった、③政府として談話は継承する、という内容が注目されるものであった。

しかし、確かに強制連行を示す証言や文書が日本側調査でなかったからといって、数多くの被害者の証言が虚偽、捏造であるとするのは暴論であり、ましてやインドネシアでオランダ人が「慰安婦」として日本軍によって強制的に「監禁・強姦」されていた「白馬事件」もあるように、強制連行があった可能性を否定することは困難だろう。また河野談話は外交文書としての意味合いも強いため、韓国政府がかかわりある当事国として意見表明や要望を述べることは決して不当なことではない。

しかし、この「検証」は、新しい事実や発見はなかったものの、結果的にはその否定を望む立場からすれば「強制はなく、慰安婦は捏造」という主張の根拠となり、反対する立場には、「談話は継承する」ことを明確にすることで、批判はかわすことのできるという両面をもつものであった。

「河野談話」否定派は次なる攻撃の矛先をメディアに向けた。その標的となったのが朝日新聞だった。

 

朝日新聞の記事取り消しの波紋

  8月5日、朝日新聞は韓国・済州島で「慰安婦にするために女性を暴力的に無理やり連れ出した」とする吉田清治氏の証言を報じた記事について、済州島での再取材や研究者への取材の結果、虚偽と判断し、取り消した。これに対して、吉田氏の証言が事実でないならば、河野談話の「根幹」が崩れるとする主張がでてきており、自民党内でも高市早苗・政務調査会長は8月26日、戦後70年となる来年に、河野談話に代わる新しい官房長官談話を出すよう求める申し入れ文書を、菅義偉官房長官に提出している。

朝日新聞は、これはまでも右派からはリベラルなメディアとしてさまざまな批判を受けており、今回の記事取り消しでも読売新聞や産経新聞大きくその責任を問う論調を繰り広げた。

また、当時慰安婦問題をとりあげた元記者を名指しで批判し、教鞭をとっている大学に対する「テロ予告」まで発生している。

日本国内では慰安婦問題はいまだ解決を見ない重大な戦時下における人権侵害でありながら、一方では日本人の「名誉を傷つける」問題として、真っ向から否定する意見も少なからず存在する。

先の日本政府による「検証」と朝日新聞の記事取り消しは、日本政府が「河野談話」の継承を表明しているにもかかわらず、「強制連行の証拠はなく、捏造されたもの」という見方という主張に対する「追い風」となり、ヘイト・スピーチを繰り返す団体なども「捏造慰安婦展」なる展示会を各地で開催し、「慰安婦は売春婦であった」「慰安婦は捏造である」という主張を繰り返している。

しかし吉田証言が否定されたことが、「慰安婦」全体の「強制連行」を否定するものになるのだろうか。

7月に行われた国連・自由権規約委員会では日本政府に対して「慰安婦」問題を重大な人権問題ととらえ、「戦時中『慰安婦』に対して日本軍が犯した性奴隷あるいはその他の人権侵害に対するすべての訴えは、効果的かつ独立、公正に捜査され、加害者は訴追され、そして有罪判決がでれば処罰すること」をはじめ、被害者の完全な被害回復、教科書など市民への教育、被害者の侮辱や否定の試みへの非難などを日本政府に勧告している。

また8月6日、国連のピレイ人権高等弁務官は「慰安婦」問題に関して声明を発表「日本は戦時性奴隷の問題について、包括的で、公平で、永続的な解決を追求してこなかったことに深い遺憾の意を表明」し、また8月31日には自らの退任にあたり、「直ちに旧日本軍慰安婦問題を徹底調査し責任者を処罰する」よう強く求める声明を発表している。

一方、菅官房長官は10月16日、「慰安婦」を「性奴隷」と結論づけた国連人権委員会の慰安婦問題に関する報告書(1996年)を作成したクマラスワミ氏に、日本政府として報告書の部分的撤回を求めたが、クマラスワミ氏は要請を拒否した。

河野談話も国連人権機関の見解も、いぜんから真偽が不明確であった「吉田証言」に依拠するものではなく、他の客観的資料に根拠をおいて、「慰安婦」問題を評価している。したがって、この間日本国内で「慰安婦」を否定する世論が高まっているが、それは「慰安婦」を「性奴隷」ととらえ、被害者の立場に立って、一刻も早い解決を求める国際社会との溝を深めることとなっている。

 

韓日関係の発展のため望まれる「慰安婦」問題の解決

  朴槿惠大統領は、光復節の祝辞で「日韓関係はいま、新しい50年を見越し、未来志向的な友好関係をつくらなければならない」と関係改善をアピールしたが、それにはやはり「慰安婦」問題が前提である。そして韓国政府としても容易に解決をうやむやにすることはできない。

なぜならば、第一にはいまも日本政府の謝罪と補償を求める元「慰安婦」ハルモニの声があり、それに共感する韓国市民社会の存在である。ハルモニたちは、「アジア女性基金」による解決を拒否した。それは、謝罪をし、責任を取るべきは「国民」ではなく、「政府」であり、そのことが明確にされなければならないという強い思いからである。

第二に、そうした声が、いまや国際社会にも広がり、「慰安婦」問題は、韓日間の問題でありながらも、「戦時性暴力」であり「性奴隷」という人類の普遍的な人権課題の焦点となっていること、第三には、2011年8月、韓国の憲法裁判所が「韓日請求権協定によって慰安婦問題が解決された」とはいえず、それを理由に日本政府に解決を求めない韓国政府の不作為は憲法に違反するという違憲判断を下したことである。これによって韓国政府は法的に「慰安婦」問題の解決を迫られることとなった。

こうした事情の下で、民主党政権当時、あらためて韓日間で「慰安婦」問題解決のためのさまざまな協議が重ねられてきた。しかし、具体的な進展を見ることができず、2012年8月に李明博大統領が「慰安婦問題への日本政府の不誠実な対応」を理由に「独島」(日本名「竹島」)に上陸、天皇の「天皇謝罪」発言ともあいまって、日本国内の韓国への反発が広がり、韓日関係は一気に冷え込むこととなった。

こうした経過を見れば、今後の韓日関係を展望したとき、やはり「慰安婦」問題の解決(あるいは解決のための具体的な一歩)が不可避な課題であり、最も焦点となってくると思われる。

そしてその解決は、元「慰安婦」ハルモニと韓国市民社会が合意でき、また国際人権基準にも合致する内容でなければならないのは当然である。

いま「慰安婦」をめぐり、歴史修正、歪曲の風潮が日本社会に渦巻き、客観的に問題を語ることがあたかも「売国」行為であると非難される空気が、広がりつつある。しかし、この問題の解決なしには、これからの韓日関係、ひいては両国のパートナーシップが発揮された東アジアの平和と安定を望むことはむずかしいといわざるを得ない。

来年を展望し、改めて解決のための真摯で冷静な議論おこなわれていくことを心から期待したい。

郭辰雄(コリアNGOセンターニュースVol37より)

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